大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)663号 判決 1995年9月28日

上告人(被告)

児玉建設株式会社

被上告人(原告)

福井京子

ほか五名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告補助参加代理人溝呂木商太郎の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久子 小野幹雄 三好達 遠藤光男)

上告理由

第一点(原判決は自動車損害賠償保障法第三条の「運行によつて」の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する)。

一 原判決は「自賠法二条二項によれば、『運行』とは『自動車を当該装置の用い方に従い用いる』ことをいうとされるところ、加害車は建設機械等の運搬を目的として購入され、平成元年七月ころ、荷台にユニツトクレーンを取付るべく改造がなされた大型貨物自動車であつて(甲九の二、三項参照)、加害車のアウトリガー、荷台は加害車の固有の装置に該当するというべきである。そして、本件事故は、一審被告福田が加害車に被害車を積載して本件事故現場まで運搬し、走行停止のうえ、被害車を加害車から積降すべく、加害車のアウトリガーを操作して荷台を傾斜させていた際に発生したものであるから、自賠法二条二項の『運行』の定義にいう『自動車を当該装置の用い方に従い用いる』場合に該当し、また、前記認定事実によれば、本件事故と亡福井の死亡の結果とは相当因果関係があると認めるのが相当であつて、本件事故は加害車の運行によつて生じた事故というべきである。」と判示する。そして原判決のいう「前記認定事実」とは原判決が付加、訂正した第一審判決の「加害車の荷台に積載された被害車の重量は加害車の最大積載量を超過しており、しかも、加害車の荷台の幅より被害車のキヤタピラの幅が広いため被害車のキヤタピラは加害車の荷台から約四〇センチメートルはみ出していたうえ、本件事故現場の地盤が傾斜していたため加害車の荷台は右側に傾斜していた等、加害車の荷台上の被害車はもともと不安定な状態であつたが、事故現場での加害車のアウトリガーの操作により加害車の荷台が傾斜したため被害車はますます安定性を損ない、さらに、折りからの降雨のため加害車の板張り敷の荷台が滑りやすくなつていたことも加わつて、被害車のキヤタピラが加害車の荷台上を滑走して外れ、転落したものと認められる。」の判示を指すものと解される。

二 しかしながら、本件事故は加害車の運行によつて生じたものではない。

(一) 上告人児玉建設株式会社(以下上告人会社という)は土地造成工事を主たる業務とするものであるが、その下請業者である亡福井弘二(以下亡福井という)より同人所有のパワーシヨベル車(以下シヨベル車という)を神石郡三和町小畠の佐々木林業敷地造成工事現場から同町井関の大本隆美方圃場整備工事現場近くに運送するよう依頼され、上告人会社は従前の例にならい関係会社である有限会社三和工場の従業員訴外福田申二(以下訴外福田という)に上告人会社保有の大型貨物自動車(福山一一さ三九六四、以下加害車という)を使用して右シヨベル車を運送するよう命じた。

上告人会社の右運送業務は、従来から亡福井の指示したシヨベル車の積込場所に加害車を差し向け、亡福井がシヨベル車を加害車に積込み、加害車を亡福井の指示した積降し場所まで運行するものであり、シヨベル車の積込み、積降しのための加害車のアウトリガー等の操作は加害車の運転者訴外福田が行うにしても、シヨベル車の積込み、積降しの運転は亡福井の作業範囲に属するものであつたが、亡福井は積込み、積降しの安全のため加害車の状態を点検・確認し、必要に応じ訴外福田に指示する等(例えば第一審福田申二本人調書九三項乃至九五項)、両者協同して加害車、シヨベル車の操作に当るものであつた。

(二) 本件事故は、左記状況の下に発生したものである。

1 訴外福田は、本件事故現場に到着した際、シヨベル車を積載した加害車を亡福井の誘導によりバツクさせて同人の合図にて加害車を事故発生位置に停止させた。

2 次いで訴外福田は、加害車のサイドブレーキを引き、移動防止のために前輪二本、後輪左右各四本のタイヤに対しエアをかけるボタン式ブレーキ・チヤンバーをかけ、エンジンをかけたままで運転席から降りて左側の運転席と荷台との中間にあるアウトリガー等操作ハンドルの存する付近に移動した。

訴外福田は右移動の際に、加害車の停止位置は多少の勾配があり、加害車が少し傾いていることを知つたが、この程度の傾きはアウトリガー調整レバーの操作により微調整することによつて平衡状態を保てると考えた。

3 訴外福田は、亡福井は加害車後方にて誘導・合図した状態で待機しているものと考え、先ず、アウトリガーを伸ばすため同レバーを操作して車の左右に設置してあるアウトリガーを地面に向かつて降ろし、アクセルレバーを操作してアウトリガーを地面に着地させ、同時に油圧によつて運転席を浮き上がらせ、車体後部荷台部分が斜めになつて低くなり、後部荷台裏面部分に左右についている固定式アウトリガーを地面に着地させた。然し、この段階では運転席が殆んど持ち上がつてはいるものの訴外福田の右レバー操作は完了しておらず、アウトリガーの着地状況や傾き具合などを確認しつつ微調整する作業が残されていた。なお、右レバー操作中はクレーン車のエンジン音が高音になり周囲の音響は訴外福田には聞き取れない状況になつていた。

4 訴外福田は右レバー操作最終段階において、アクセルレバーを止めようとしてエンジン音が低目になつて来るのと同時に荷台のショベル車のエンジン音がしているのに気付き、初めて亡福井が既にシヨベル車に乗り込んでエンジンをかけて発進作業をしようとしていることを知つた。それと同時に連続して、シヨベル車のキヤタピラが左右に振れるのが見えた。そこで、訴外福田は亡福井がシヨベル車を降ろす作業をしているものと思い、一人では危ないので誘導をしようと考え、加害車の運転席の方へ回つた。と同時にドンドンという大きな音がし、訴外福田が加害車の右側に回るとシヨベル車が荷台から転落、横倒しになり、亡福井がその下敷きになつていた。

(三) 本件事故は前記のとおり亡福井の作業範囲のなかで、しかも左記のとおり、亡福井が加害車の荷台からシヨベル車を運転して積降しをするときに安全を無視して無謀な運転操作を行つた結果生じたものであるから、加害車輛の運行に起因するものでないこと明らかである。

1 パワーシヨベルは一般に車体重量が膨大であり、降車時には滑り易いので、シヨベル車の運転者はアウトリガーの接地状況等運搬車輛からの降車の安全を確認した後にパワーシヨベルの運転席に入り、運搬車輛の運転者の看視・誘導を受けつつエンジンをかけ、しかも滑らないようにパワーシヨベルのブーム・アーム及びバケツト部分を滑る可能性のある荷台へ回転移動させて地面に接地させたうえパワーシヨベル本体を徐々に移動させて降車するか、或いは少なくともバケツト部分を荷台部分に接着させこれを支えとして同バケツトを徐々に前方に(進行方向・降車方向)へ移動させてパワーシヨベルの前後左右の安全を確認しながら降車すべきものである。

2 しかも、亡福井は二〇年に亘る重機オペレーター経験のある大熟練者であつて、本件パワーショベルの重量が本件加害車の積載量を越えるものであることは充分に承知しており、従つて、パワーシヨベルのキヤタピラーの一部が荷台からはみ出していて運転操作をしにくいことを熟知しており、また雨になり板張り敷の荷台が滑り易かつたことも知つていた。

3 然るに、訴外福井は右の状況によつてパワーシヨベルが滑り易い状況を知つていたにも拘らず、パワーシヨベルの基本操作である運搬車輛の降車準備完了前にその安全確認がなされていないままパワーシヨベルに乗り込んでエンジンをかけ、前記必要なるバケツトによる安全操作を行う前にパワーシヨベルの前後進の操作をしようとしたために、パワーシヨベルのキヤタピラーが滑り(本件ではキヤタピラーの各部構造が三角型になつていて、普通の平たい型のものより滑り易い)、自重により車体が転落しその下敷きとなつて死亡したのである。

第二点(原判決は自動車損害賠償保障法第三条の「他人」の解釈を誤り、最高裁判所の判例に抵触し、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一 原判決の引用する第一審判決及び原判決は「本件事故は、被告福田が加害車の荷台に積載された被害車を降車させるために加害車のアウトリガーを操作して荷台を傾斜させていた際に発生したものであるが、証拠(被告福田、弁論の全趣旨)によれば加害車の荷台を傾斜させて被害車の降車が可能な状態にする作業は被告福田のなすべき作業であり、右作業については訴外福井はなんの指示もしておらず、指示をすべき立場にもなく、訴外福井と被告福田との間にはなんらの主従関係もなかつたことが認められ、これらに照らすと、訴外福井は自賠法三条にいう「他人」というべきであり、加害車の運転補助者とは認められない。」「一審被告福田は亡福井に被害車の運搬を有償で依頼された控訴人会社の指示により被害車を本件事故現場まで運搬したものであつて、加害車に積載されていた被害車の積降しに被害車の運転者である亡福井の協力が必要としても、その責任自体は控訴人会社の指示を受けた一審被告福田にあるというべきであつて、前記認定事実に照らせば、本件事故は、一審被告福田が加害車の前側左右のアウトリガーを操作して荷台を傾斜させて後側左右の固定式アウトリガーが地面に接地した直後に発生したものであつて、亡福井が一審被告福田とその責任を分担すべきものとは認めがたく、自賠法三条の『他人』と解するのが相当である」という。

二 しかしながら、亡福井は左記理由により加害車の運転補助者であり、本件事故につき自動車損害賠償保障法第三条の「他人」にあたらないと解すべきである。

(一) 自動車損害賠償保障法第三条にいう「他人」とは「自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者(含む、運転補助者)を除くそれ以外の者」というのがほぼ確立した判例法理であるが(最判昭和三七年一二月一四日民集一六巻一二号二四〇七頁等)、具体的に運行関与者が右の「他人」の範囲に入らない運転者及び運転補助者にあたるかを決するについては、それらの者の抽象的地位だけではなく、事故発生時におけるそれらの者の当該事故自動車の運転・走行と関連する具体的な行為等よりみてこれを決すべきである。

(二) 仮りに本件事故が加害車の荷台からの転落であるとか、加害車のアウトリガーの操作等と無縁ではないとかの故に、本件事故発生と加害車の運行との間に相当因果関係ありとするも、訴外福田と亡福井とは前述のとおり加害車の荷台からシヨベル車を積降すという共同目的を実現しようとして協同して各自の分担行為を行つたのであるから、加害車の運転者である訴外福田はシヨベル車の運行に、シヨベル車の運転者である亡福井は加害車の運行に係わり合つており、両者ともにシヨベル車が加害車の荷台から転落した本件事故による結果の発生に寄与しているのであつて、「加害車の荷台を傾斜させて被害車の降車が可能な状態にする作業は被告福田のなすべき作業であり、右作業については訴外福井はなんの指示もしておらず」であつても、亡福井は前記のとおりシヨベル車の積降しが安全にできるよう訴外福田に指示すべき立場にあるものであるから、「訴外福井と被告福田との間にはなんらの主従関係もなかつた」、「本件事故は一審被告福田が加害車の前側左右のアウトリガーを操作して荷台を傾斜させて後側左右の固定式アウトリガーが地面に接地した直後に発生したもの」であつたとしても、本件シヨベル車の転落により第三者に被害を与えた場合には、亡福井は訴外福田と共に同訴外人と同程度の有責的行為を行つたと評価されるものというべく、かかる事情の下にある亡福井は加害車の運転補助者として自動車損害賠償保障法第三条の「他人」にはあたらないと解すべきである(最判昭和五七年四月二七日判決・交民集一五巻二号二九九頁・判例時報一〇四六号三八頁)。

以上

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